『私は死んだ』

投稿日:2015年8月16日

鈴木 信一

 

平成15年5月4日、源水会のKさんと秋田のO川に一泊二日の予定で出漁。

 

この川は昭和54年5月29日に誰からも教えられることなく釣り雑誌と地図を頼りに仙岩トンネルの秋田側出口に車を止めガケを下って行ったのですが、川に沿ってりっぱな林道が整備されていてあまり苦労せずに入渓できると後で知りました。が、このとし平成15年に限って車は林道でシャットアウト。通常よりも50分位アルバイトを強いられました。

 

この川のいつもテントをデポしているテン場で快適に過ごし、魚もそこそこ釣れたので次の日は楽しく帰路につきました。

車止めまで約10分は何も遮るものが無く川沿いにすべて見渡せるのですが、なぜか私の車の周りにパトカーが居る。人が20人位居る。訳も分からず車に車に到着。車を開けて帰りの準備をしていると、角館警察署の署員だと名乗る人が、「この車はあなたのですか。」と聞いてきたので、「はい、そうです。」と答えると、「この車の持ち主は水死体で上がったのです。」と言う。「いや、この車の持ち主は私で、今上流から帰ってきたのです。」と返答したのですが、お互い理解出来ない。よくよく聞いてみると、この車の下流で死体が上がったけれども、昨日からこの車は置きっぱなしなのでナンバーから問い合わせしたが連絡がつかない。たった10分前に息子さんと話が出来たと言う。私の車は会社名義なので休日は会社に連絡しても不通。自宅はたまたま奥さんが足のホクロがガン化したので手術の為に東北大学に入院中ということで、これも連絡不可。息子も志賀高原で春スキーの真っ最中で連絡が取れたのは10分前。ということで、私は死んでしまったのです。

 

とにかく、私が生きていることだけは息子に伝えろと警察に言いました。変死体は警察の中では刑事課の扱いなのだそうで、刑事課からという電話が入った時息子は、親父「また何かやったな。」と思ったそうです。死体が上がったと言われて、ちょっと心配したようなので私も少しは気になる親なのかなと安心しました。

 

そしてその月の17日に、又一人で出漁。この時は日帰りでした。車止めに又しても人が。今度は入漁料を払えと言う。私はこの川のずっと上流の放流も出来ないようなところで釣っているのだから払わないと主張。双方話が噛み合わず。日帰りだったので早く帰りたいこともあり、30分位で私がギブアップ。1500円の入漁料を初めて払いました。その後もどこでも払ったことはありません。

 

その監視員、金を受け取ると「連休も来ませんでしたか?」と言う。私は遡って金を取られては大変と思い、「この川は初めてだよ。」と言うと、その監視員曰く、「連休に死体が上がってね、俺が見つけたの。」

釣行記の筆者
タザワ
仙台源水会
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